テンポラリー

そのときに思いついたことの備忘録。租税について考えることが多い

尊厳死なんてありえない(医師によるALS患者薬物投与殺人事件について)

ALS患者の依頼受け薬物投与 殺害か 嘱託殺人容疑で医師2人逮捕 | NHKニュース https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200723/amp/k10012529561000.html

 

個人的には薬物投与という殺し方がダメなんだろうと思う。

 

薬物を投与することは生理機能を変化させるれっきとした侵害行為なんだけど、医師はそれにあまりにも慣れすぎている。「自分には相手を苦しませずに殺す能力がある」と思えば、当然相手の苦しみ、死の願望に同調しやすくなる。


国家が医師に医療行為を行う免許を与えたのは、患者の希望に基づいて生存可能性を拡大するため(生かすため)だ。決して、殺すための資格ではない。
だから、医師が患者側に立って、患者と共に死に対峙する緩和ケアやホスピスには誰も文句を言わない。
しかし、苦しんでいるのを楽にするためとはいえ、その知識や身分を殺人に使うのは単なる免許の濫用ではなかろうか。

 

医師免許を持たない僕が重度ALS患者の「死にたい」に同調するなら、薬物投与は医療行為だから僕にはできないし、そもそも薬物を合法に手に入れることもできない。素人だから、殴るか、刺すか、首を絞めるか…練炭を炊くのが楽に死ねると聞いたから、それがいいかもしれない。でもどんな方法でも社会全体から猛烈に非難を受けるに決まっている。だって、殺人は社会的にやっちゃダメとされる行為だもの。

 

「患者が死にたがってるし、いつも生死に直面している医者が患者を苦しませずに済んで楽に殺せる方法だと思ったのなら…」なんていうのはむしろ尊厳を軽んじたナンセンスな議論だとさえ思う。
例えば自家用車で60キロ位でぶつかるよりトラックで200キロでぶつかったほうが比較的楽に死ねるだろう。つまりトラックの運転手は一般人より楽に人を殺す能力がある。だからといって同意殺人していいかっていったら、そんなのダメに決まってるでしょ。だって運転免許は人を殺すための免許じゃないもの。医師免許もそれと同じ。
尊厳死を法制化することは、医師を神から死神に貶めることに等しいし、僕はそういう議論を興す事件には同調したくない。
どうしても必要なら、医師とはまったく別の資格や制度を作るべき。

 

 

ということで、医療行為による人命の剥奪、すなわち「社会一般の通常人が有する程度を超えた医学知識を用いた手段、又は医師の身分を用いなければ適法に遂行することができない手段による人命の剥奪」は罰せられないといけない。それは免許の趣旨からいって単純にそうとしか考えられない。


同意があろうとなかろうと、一般人ができる範囲の方法で、「ほんとうに自分は人を殺していいのか」という社会倫理規範にきちんと直面した上で、究極の選択をしてほしい。